大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)5231号 判決
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【判旨】
三本件商品が送付された経緯についての検討
1 <証拠>を総合すると次のことが認められ、<る>。
(一) 訴外盛山勇義(以下盛山という)は昭和五〇年三月ころ、長崎市所在のスーパーマーケツト訴外東美(以下東美という)の代理人と称して商品を仕入れるため大阪繊維シテイに来たとき、原告の番頭訴外直江某と知り合い、自己を通して東美と原告との間にTシヤツの売買契約を締結したことがきつかけとなり、その後二、三回、同様に原告と売買契約を締結した。
(二) 盛山の古い友人訴外加藤豊は加藤商店の商号で大阪で塗装業を営んでいたが、営業内容は芳しくなかつた。そこで、盛山は自分の繊維関係の知識を生かして加藤と共同して繊維取引の仕事をし、同訴外人が収入をえられるようにしたいと思い、加藤を原告に紹介したうえ、三者間で、原告は加藤商店に商品を売り渡し、加藤商店はこれを東美に転売する、加藤商店は東美との売買交渉から契約締結、代金の授受その他手続一切を行ない、原告はその対価として価格の三パーセントを加藤商店に支払う旨の合意をし、今後、加藤商店が中間取次店として直接の売主となることについて東美の同意をえた。
盛山は、原告以外の得意先との間においても同様に加藤商店を東美との取引の中間取次店とすることとし、訴外橋本輝美を雇い入れて加藤商店長崎営業所を開設した。
(三) こうして加藤商店は独立の中間取次店として営業するようになつたが、同年四月一一日、東美に販売すべく仕入れたが価格の折り合いがつかなかつた商品を東美にかえて佐賀市所在の被告会社に販売したことがきつかけとなり、加藤商店と被告会社は取引を始めた。被告会社は帳簿上仕入れ先を加藤商店と明記し、連絡先として、同商店長崎営業所の電話番号を記入した(甲第二号証の一参照)。
(四) 被告会社は古川一族の経営する株式会社であるが、全国繊維企業要覧によると、被告会社に関し、現代表取締役の古川貞雄が昭和一四年佐世保市で衣料品小売の個人商店を設立し、終戦前後頃休業し、昭和二六年株式会社福井商店を設立したがニセ大島の販売で刑事問題となり解散、同社の債権債務を受け継ぎ、昭和三〇年日祐衣料株式会社として設立、昭和三六年再び解散云々と登載されていて、その前歴は誇りうるものでないことは勿論、信用度において問題を持つものであつたが、原告らは被告会社の調査等を行なうことなく次のように取引を拡大して行つた。
(五) 盛山は被告会社との取引を拡大したいと考え、原告に対し被告会社の内容を教えて被告会社との間においても東美と同様に加藤商店を中間取次店として取引すること、すなわち、原告は加藤商店に商品を売り渡し、加藤商店はこれを被告会社に転売することを勧め、原告の同意をえた。ただし、東美との取引と異なり、盛山は当時、被告会社に右合意をあまり説明しなかつたので、被告会社は右関係を十分は知らなかつた。
なお、売買代金については、加藤商店が被告会社から受け取つたうえ、原告に交付する旨合意された。
(六) 加藤商店と被告会社間において本件商品の売買代金は次のようにして決定された。
(1) 盛山は被告会社仕入れ担当者訴外古川一誠(以下古川という)から被告会社の欲しい商品を聞いて原告に伝え、原告と、被告会社に提示する価格を打ち合わせたうえ、加藤商店の代理人として被告会社に現物見本を持参し、右見本を前に、古川もしくはその妻と価格交渉をしたが、容易にはその折り合いがつかなかつた。
(2) その原因は、原告は総合繊維卸売業を営むいわゆる生地屋の見地から一割の利益をみこんだ卸売価格を算出しているのに対し、被告会社はスーパーマーケツトとしてより安い商品を一般消費者に提供するため多量の商品を現金で安く仕入れる見地から五割五分ないし六割の利益をみこんだ小売価格から逆に仕入れ価格を算出するため商品価格に対する基準が根本的に相違していたためである。
(3) 価格の折り合いがつかない場合、盛山としては、原告の承諾なく大巾に値下げして売却すると差損金が生じ、自らも加藤商店もこれを埋めうる資力なく、重大な結果を生ずることは知つていたが、買い叩かれて最終的には納得して古川との間でそろばんで明細書C欄記載のとおり価格を決定し、盛山はその都度加藤商店専用の帳面に右価格を記張した。
(4) 古川は前記のとおり、現物見本を見ながら盛山と価格交渉したが、この時点では未だ原告から納品書は送付されておらず、納品書を見る余地はなかつた。
(5) ところで、盛山自らも原告の指値は被告会社のようなスーパーマーケツト向けの商品としては高すぎると思い、原告に何度もその指値ひいては仕入れ価格が高すぎる旨指摘したが、肝心の自ら被告会社と決定した価格は伝えるところがなかつた。尚原告は右指摘には納得しなかつた。
(七) このようにして価格が決まると、盛山は古川から手合書(甲第三号証の一参照)を受け取り、当初は加藤を経由してこれを原告に交付していたが、加藤では要領が悪いため、まもなく自ら原告に直接手合書を交付するようになつた。
古川は当初手合書の単価欄に数字で単価を記入したが、盛山は、東美向けに仕入れたが価格が合わないため被告会社に振り替えた商品についても手合書をもらう形にしたため、古川に手合書には数字をはつきり入れないでほしいと依頼した。そこで古川は右依頼に基づき、手合書には符合で単価を記入することとし、盛山に右符合の意味を説明した。古川はこのようにして盛山と合意した価格を符号になおして手合書に記載しただけであり、勝手に価格を決定したものではない。
(八) 原告は加藤もしくは盛山から交付された手合書に基づき、訴外八洲産業株式会社などから本件商品を仕入れ、明細書A欄記載のとおり、在庫品は加藤商店扱いとして自ら、在庫のない品物は仕入れ先から、いずれも被告会社配送センターに送付した。原告は手合書の単価欄の符合の意味はまつたくわからなかつたが、盛山に尋ねても十分な回答がえられなかつたのに、更に被告会社に右符合の意味を尋ねなかつた。
他方、被告会社は加藤商店との売買契約に基づき本件商品を受領し、加藤商店に明細書C欄記載のとおり代金を支払つた。
(九) 原告と被告会社が本件取引の過程において直接接触したのは次の二回にすぎない。
(1) 同年六月、古川夫婦は来阪したとき、盛山の紹介で初めて原告と会つたが、それは加藤商店の一仕入れ先ということであつた。
その際、古川は被告会社が欲しい品物を原告に示した(甲第一〇号証)が、それは被告会社が加藤商店に交付していた正規の手合書ではなく、参考のための一メモにすぎなかつた。
(2) 同年七月七日、被告会社会計課長訴外吉原孝良が来阪し、盛山の手を通じて原告に現金八〇〇万円を渡したが、右支払いは加藤商店に対する支払いとしてなされたものであり、被告会社の帳簿上もそのように処理されている。
(一〇) 加藤商店は被告会社との取引では原告のみならず複数業者から同様に商品を仕入れ、これを被告会社に転売したが、これら商品の価格は本件商品のそれと同様であつた(たとえば、甲第二号証の一の四月一九日の座布団カバーの単価一一〇円と同月二八日の座布団カバーの単価一〇〇円とを比較すると明らかである。)。
(一一) 原告は本件取引を通じて加藤商店から売買代金の支払いを受けていたが、同年七月、加藤商店に対し、右代金が相当たまつているから支払つてくれるように請求したところ、同商店に資力がなかつたため、初めて被告会社に対し、三〇〇〇万円をなんとかしてくれと要求に行つた。盛山は本件取引を通じて中間取次店の代理人として行動した。
そして、盛山および被告会社は本件商品の売買について警察の取調べを受け、刑事処分こそ免れたが、盛山の言動は背任罪の成否に関しては真白とも言えない面を持つている。
2 右認定の事実によると、原告は当初東美と直接取引していたが、まもなく加藤商店が独立の中間取次店として右取引に介入し、原告は加藤商店に商品を売り渡し、加藤商店はこれを東美に転売するようになつたこと、大阪と九州という地理的距離に照らし盛山と加藤の存在を前提として取引が成立つことを考えると売買交渉、代金授受その他事務手続上、原告には加藤商店を中間取次店として入れる実益があつたこと、被告会社との取引においても東美と同様に加藤商店を中間取次店として取引する旨の合意がされたこと、加藤商店は長崎営業所を設置し、東美および被告会社との売買交渉、代金授受その他の事務手続を行なつたこと、加藤商店は原告以外の業者からも商品を仕入れ、被告会社に転売したこと、原告が被告会社と接触したのはわずか二度にすぎず、客観的にも加藤商店の一仕入れ先として終始行動したこと、原告自ら同年七月に加藤商店に売買代金を請求に行つたこと、加藤商店が取得する三パーセントの利益は売買契約の利益として必らずしも少額とはいえないことが認められ、これらの事実を総合すると、加藤商店は原告の単なる事務代行者ではなく、独立の計算のもとに行動する中間取次店であり、原告と加藤商店との間には本件商品の売買契約が締結されたものと認めるのが相当である。
3 このように加藤商店は中間取次店として原告から本件商品を買い受け、これを盛山を代理人として被告会社に転売したもので、原告と加藤商店間、加藤商店と被告会社間にはいずれも売買契約が存在しており、原告の本件商品の送付は、加藤商店の被告会社に対する売買契約上の引渡債務の履行としてなされたものと認めるほかはない。
四不当利得の成否について
1 被告会社の受益と原告の損失
原告は仕入れ先から仕入れることによつて一旦原告の財産に帰属した本件商品を、被告会社に送付することにより、本件商品そのものの喪失、すなわち損失を被り、他方、被告会社は本件商品の受領により、本件商品そのものを取得、すなわち利益をえた。
2 因果関係
本件商品の送付は一面において原告から右財産を喪失させるとともに被告会社に右財産を取得させたことに加えて、原告は手合書に基づき本件商品が加藤商店から被告会社へ売り渡されることを予定して仕入れ、実際に加藤商店と被告会社の間の売買契約に基づき本件商品を送付したから、このような目的の関連性に照らしても原告の損失と被告会社の受益の間には社会通念上因果関係が認められるというべきである。
3 法律上の原因
(一) 原告は、加藤商店との間には本件商品の売買契約は存在していない旨主張している。
しかし、前記認定のとおり、原告と加藤商店間には本件商品の売買契約が締結されたと認めるのが相当である。そして、本件に顕われた全証拠を仔細に検討しても、右売買契約に無効または取消原因があることが認められる証拠はない。
(二) 原告は、さらに加藤商店と被告会社の間の売買契約は要素の錯誤により無効である旨主張している。
しかし、加藤商店は原告から独立した中間取次店として独自の計算に基づき、納得のうえ被告会社と本件商品の売買契約を締結したから、売買代金額について加藤商店(盛山を含む)には、まつたく錯誤はなかつたことは明らかである。このように契約当事者間に錯誤がない以上、原告の主張はその前提を欠き採用できない。
(三) そうすると、被告会社は加藤商店から有効に本件商品を買い受けたというべきであるが、このような場合でも、被告会社の本件商品の受領が取引通念に照らし不公正な方法でなされたときは、その受益は原告との関係では法律上の原因がないというべきである。
ところで、原告は自らの指値が卸売価格として適正であることを前提に加藤商店と被告会社間の本件商品の売買契約が不公正である旨主張しているが、本件のような商品取引において一方の指値がそのまま代金額となることは通常ありえないし、その価格は売り手と買い手が種々交渉し最終的に折り合いがつくのであり、このような交渉は当然である。そして、本件に顕われた全証拠を仔細に検討しても、被告会社が加藤商店又は盛山と共謀のうえ、原告主張の適正な時価(それは前記認定のとおり問屋間の時価として適正なものにすぎない)を知りながら、帳簿上明細書C欄記載の単価をつけ、右差額分の支払いを不当に免れようとしたことが認められる証拠はない。また、被告会社が手合書に単価を符合で記載したのは盛山の依頼に基づくものであり、被告会社が故意に原告に単価をかくそうとしたものではない。
そして、前記認定のとおり、卸売商と小売商の利益率は大変違つており、ことに被告会社のような量販店は現金取引をしてまで通常の小売商よりさらに二、三割程度安い価格で仕入れるのが通常であること、量販店おいてはタイムサービスあるいはバーゲンセールなどによる販売をもみこみ右以上の利益をつけること、本件商品は夏物であり、時期的に販売条件が悪かつたこと、被告会社が加藤商店から仕入れた商品のうち、原告以外の業者からの商品の仕入れ価格は本件商品のそれと同様であることが認められ、これに被告会社は原告代理人に帳簿関係を見せていることなどを総合して考えると、本件商品の仕入れ価格は、契約自由の原則の範囲内において取引秩序を乱すことなく形成されたもので、量販店一般の仕入れ価格として適正と言いうる範囲内であつたと認めるほかはない。
他方、原告が損失を被つた一原因は、原告自らが加藤商店を中間取次店としながら、同商店とその先の信用調査を怠り、盛山からその仕入れ価格が高すぎる旨指摘されたのに漫然と指値どおりに売れたものと即断し、代金支払状況を顧慮することなく次々と本件商品を送付したことにあるというべきである。
以上のような本件に顕われた諸般の事情、なかんずく原告の過失の程度が大きいことを不当利得制度を規律する公平の原理に照らして考えると、加藤商店が無資力であることを考慮しても、本件において原告が不当利得の法理によりその被つた損失を回復することを認めることには疑問があるといわざるをえない。
(四) このように被告会社の本件商品の受領には原告との関係において法律上の原因があるから、これがないことを前提とする原告の本件不当利得の主張はその余の点について判断をするまでもなく理由がない。
五結論
以上の次第で、原告の本件請求は理由がないから失当として棄却し、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。
(林繁 砂川淳 播磨政明)